茜色の空の元、森は闇色に染まって、木立を抜ける旅人を惑わすように、深くなっていった。
 獣道のような小道を一人の男が馬に乗り、大きな弓を携え獲物を追い駆けていた。
 夕闇に輝く銀色の髪を持つ男は、端正な容姿と、身なりの良い姿から、ただの狩人ではなかった。
 男の名は、はたけカカシ。
 この辺りを統べる木の葉王国の女王、綱手の甥であり、次期国王となる男だった。
「チッしくじったか」
 夕闇の空を飛ぶカモの群れに狙いを付け、弓を射ったのだが、矢は獲物を捕らえることもなく、地上へと落下していく。
 カカシは馬を止めると呟いた。
「戯れに猟師の真似事をしてみたけど、やっぱりダメだ~ね」
 カカシは大きくため息をつく。
 女王である綱手から贈られた黄金の弓を見つめる色違いの瞳に、暗い影が差す。
 明日26歳の誕生日を迎えるカカシは、王城で行われる誕生祝いを兼ねた舞踏会で、伴侶を決めなくてはならなかった。
 自分の伴侶くらい、自分で決めるって言うの。
 そう啖呵を切ったときのことが思い出されて、カカシはまた嘆息した。

「カカシ。いい加減にしろ。お前は自分の立場ってものを全く理解していないのかい?」
 豪奢な王城の最上階にある女王の間で、胸元の大きく開いた派手なドレスに身を包んだ叔母が、渋面を浮かべカカシを見つめていた。
 若作りしちゃって。もういい年したばーさんなのに、これだから魔女ってやつは。
「なんか言ったか?」
「いえ、何も言ってませんよ」
 すました顔で答えるカカシを一瞥した綱手が、大仰なため息を漏らした。
「いいかい?カカシ。お前は私の後を継いでこの国の王にならなくちゃいけない。それは分かっているな?」
「はいはい。しょうがないでしょ。俺しか跡継ぎいないんだから」
「カーカーシ!」
 青筋を浮かべた美女に、ジロリと睨み付けられて、カカシは口を閉ざした。
 俺が王になるガラじゃないって分かってるくせに。
 強大な魔力を持つ女王である綱手が、王位をカカシに譲り渡す日は、まだずっと先のことだと思っていたのに。
 何を思ったか急に伴侶を娶れとは。青天の霹靂だった。
「王になると言うことは、民の信頼を得なくてはならない。一国の主が、妻も娶らずいつまでも独身でいたら、纏まるもんも纏まらんだろう?」
「それそのまんま綱手様に返しますよ」
 意地悪くカカシがそう口にすると、綱手は怒るでもなく苦笑した。
「私は急ごしらえの女王だからね。木の葉を立て直すこと、それが先代のヒルゼン先生の遺言だからな」
 先代の王であった猿飛ヒルゼンが崩御して、数年。
 ヒルゼンの愛弟子の一人であったオロチマルという魔法使いは、悪魔に魂を売り、ヒルゼンを裏切って、木の葉王国を転覆させようと戦乱を引き起こしたのがきっかけだった。
 ヒルゼンは自らの命と引き替えに死に神の力でオロチマルを封じ、混迷を極めた木の葉の立て直しを綱手に託したのだ。
 魔女として放浪の旅に出ていた綱手が木の葉に呼び戻された時、外地に出ていたカカシもまた木の葉に戻った。
「私の代は長くない。かりそめの女王だと言うことは、誰もが分かっていることだ。だがお前は違う」
 綱手は傍らにあった金色に輝く大きな弓を手に持つと、カカシに差し出した。
「ミナトの形見だ。魔法使いでありながら弓の名手だった男の、お前は一番弟子だっただろう。これはお前が持つといい」
 カカシは綱手から弓を受け取った。
「明日、お前の誕生祝いを兼ねた舞踏会に、近隣国の姫君たちを招いている。その姫の中から、気に入った娘を伴侶に選べ」
「綱手様!待ってください!俺はまだ……」
「女王命令だ。明日伴侶を選べ。なに女じゃなくても構わんぞ?私の秘術があれば男でも子をなすことは出来るからな」
 綱手は豪快に笑うと、話は済んだと、奥の間へ入って行ってしまう。
 奥の間は身内のカカシであっても入ることが許されない女王の私的な部屋で、カカシは大きくため息をつくと、諦めて女王の間から辞した。

 城を出たカカシは、ミナトの形見の大弓を携えながら、憂鬱な気持ちを晴らそうと、馬に乗り狩りに出かけた。
 城下町を抜け、王都を囲むように連なる深い森に足を踏み入れると、空を飛ぶ渡り鳥の群れを追いかけて、森の中を駆けた。
 カモの群れに逃げられて、大きく肩を落とし、城へ戻ろうかと馬を退いたとき、夕闇に染まる西の空に白鳥の群れを見つけた。
 馬を走らせながら、狙いを定め大きく弓を引いて矢を飛ばす。矢は空へと駆け上ったが、白鳥には届かなかった。
 カカシは諦めることなく、再び矢を射る。
 二度、三度と繰り返したが、矢は空を掠めるばかりで、獲物を捕らえることはなかった。
 気が付くと森の奥深く、静かな湖畔に出ていた。
 その時上空から鳥の羽音が聞こえて、思わず目を移すと、一匹の白鳥が空から舞い降りた所だった。
 湖に浮かぶ白鳥に狙いを定め、弓を向け矢を射ろうとした時、湖の袂にあった古びた廃屋が不思議な光を放った。
「なんだ?一体」
 カカシが怪訝な顔を浮かべ、そっと廃屋に近づくと、湖面を泳いできた白鳥が人の形に姿を変えたのだ。
 え~!ちょっと、どういうこと?
 驚くカカシの見ている前で、白鳥は黒髪の青年に姿を変えた。
 カカシよりも年若に見える青年は、長い黒髪を一つにくくり、濡れたように輝く瞳は、黒曜石のようだった。鼻筋を横切る傷跡が目を惹いたが、痛々しさは感じず、むしろ愛嬌にさえ思えた。身につけている衣服は上質の物で、決して低い身分の者とは思えなかった。
 カカシは廃屋の影でじっと青年のその姿を盗み見していたのだが、どこか懐かしささえ感じるその面影に、思わず青年の前に姿を現してしまった。
「!」
 青年は驚き、声なき声を上げ、カカシの前から逃げだそうと、湖に向かってバシャバシャと走り出した。
「ちょっ……待って!何もしないから!」
 水の中に入っていく青年の腕を、カカシは慌てて掴み上げると、強引に抱きすくめた。
「危ないじゃない!溺れ死にたいの?」
「放して!放して下さい!」
「ちょっと、とにかく落ち着いて。ね?」
 暴れる青年をなんとか岸まで連れ帰ると、その場に座り込み震えるその身体に、カカシは身につけていた上着を脱ぎ、そっと肩からかけてやった。
 カカシは青年の前に腰を下ろすと口を開いた。
「俺が恐いの?何もしな~いよ?」
「嘘だ」
 青年は濡れた瞳でカカシを睨み付けながら、おもむろに口を開いた。
「俺を矢で射貫こうとしたくせに」
 その言葉にカカシは驚き、目を見開いた。
「まさか……貴方は本当にあの白鳥なの?」
 青年はじっとカカシを見つめていたが……目を伏せると小さく頷いた。
「そんな……」
 呆然と呟くカカシの肩にかけられていた大弓を見て、青年は恐怖に引きつった顔を浮かべた。
 無理もない。この弓で打ち落とされる所だったのだから。
「ごめん……ごめんなさい。貴方があの白鳥だとは知らず、恐い思いをさせてしまったなんて。どうか、俺を許して下さい」
 カカシは真摯な面持ちで頭を下げ、青年に許しを請う。
 青年はじっと口を閉ざしたままだったが……しばらくしてぽつりと呟いた。
「分かりました。頭を上げて下さい」
 その声にカカシが顔を上げると、青年は漆黒の空のような深い色合いの瞳を瞬いて、じっとカカシの顔を見つめていた。
「俺の名は、はたけカカシ。木の葉を統べる女王陛下の甥に当たる者です」
 カカシの言葉に青年は「はっ」と驚いた顔を浮かべた。
「魔力の心得のある者です。俺は貴方の役に立てるかも知れない」
 カカシがそっと手を差しだし、青年の悴んだ手を握りしめる。
 青年はぴくりと身動いだが、もう逃げ出すことはしなかった。
「名前を……貴方の名前を聞かせて?」
 カカシの囁きに青年は黒い瞳に星屑のように輝く涙を浮かべて頷いた。
「イルカ……うみのイルカ」
 イルカ――カカシにはどこかで聞いたことのある名に思えた。
「イルカ。貴方は呪いをかけられていますね?」
 カカシの問いにイルカは、こくんと頷くと、静かに口を開いた。
「カカシさんは木の葉の方ならば、この国を襲った厄災を知っていますね?」
「猿飛ヒルゼン様が亡くなったあの忌まわしい出来事ですね」
 カカシの答えに、イルカは痛ましげに瞳を揺らして、頷いた。
「俺は……猿飛ヒルゼンの孫に当たる者です」
「孫?」
 その言葉にカカシは遠い記憶を思い出した。
 まだ10代の半ば頃、友人であった猿飛アスマから聞いた彼の年の近い甥のことを。
 アスマの姉の子に当たるその子供はイルカといい、アスマは弟のようにとても可愛がっていた。
 アスマの……弟。
 騎士団長として、外地に駐在するアスマがこのことを知ったら、さぞかし喜ぶだろう。
 いや……しかし、アスマの弟ならば、あの戦乱の中、命を落としたと聞いている。
 その弟が生きているなんて……
「信じては貰えないかも知れませんが……祖父はオロチマルを封印した時、その命を落としましたが、オロチマルは死んではいませんでした」
「まさか……オロチマルは生きているって事?」
 イルカは小さく頷くと、またぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「オロチマルは祖父への恨みから、孫である俺に呪いをかけました。俺は昼間は白鳥の姿に変えられて、夜この湖の畔のこの廃屋の中でだけ、人の姿に戻ることが許されています」
 悲しげなイルカの横顔を見つめていると、カカシの胸の奥に狂おしいほどの感情が溢れてきて、気が付けば彼をこの腕に抱きしめていた。
「俺が解いて上げる。イルカさんにかけられた呪いを、俺が解いて上げる」
「カカシさんっ。でも、それは無理です……」
「何?心配?こう見えても俺、あの偉大な魔法使い、黄色い閃光のミナトの一番弟子だったんだよ?イルカさんも知っているでしょう?あの大魔法使いを」
 イルカはこくりと頷くが、表情は暗く沈んだままだった。
「無理、なんです。カカシさんにはきっと俺にかけられた呪いを解くことは出来ない」
 イルカの言葉に、カカシは「何故?」と呟いて、身動ぐイルカを抱く腕に力を込めた。
「俺の呪いを解くには……まだ誰にも愛を誓ったことのない青年の、永遠の愛の誓いが必要なのです」
「愛の誓い……」
 その言葉にカカシは明日の誕生祝いを思い出した。
 何処の誰かも分からぬ姫君を伴侶に迎えなくてはいけない自分の境遇を、思わずイルカに重ね合わせていた。
 いつ現れるか分からない救い手を待ち続けるイルカ。
 カカシはまだ誰にも愛を誓ったことはなかった。
「イルカさんが俺に愛を教えてくれるなら……」
 イルカが驚いた顔を浮かべて、じっとカカシを見つめていた。
 カカシの姿を見つめるその瞳に吸い込まれそうで……イルカを抱きしめる腕に力を込めた。
 さらさらと肌を掠める黒髪にそっと口づけを落とすと、カカシは呟いた。
「俺は貴方が好きになってしまったみたい」
「え?そんな……まだ出会ったばかりなのに?」
 訝しむイルカが酷く愛しく思えて、カカシはその耳元に囁いた。
「貴方を伴侶に迎えたい。明日城で行われる俺の誕生会に来てくれませんか?その場で貴方に愛を誓いたい」
 イルカはじっとカカシを見つめていたが、夜空のような綺麗な瞳を瞬かせて、小さく首を振った。
「城に行くことは出来ないのです。俺はこの廃屋を出たら、白鳥になってしまう」
「貴方が城へ来られないなら、俺は明日誰も伴侶には選びません。だから俺のものになると約束して?」
 カカシの真摯な言葉に、イルカは初めて笑顔を浮かべると頷いた。
 その笑顔はカカシが見たどんな娘よりも、美しかった。
 あぁ、この人を手に入れられるなら、俺はどんなことでも出来る気がする。
「カカシさん、どうか気をつけて下さい。オロチマルは何処で俺達の様子を伺っているか分からない。あの魔法使いは策謀を巡せて俺達の仲を引き裂こうとするでしょうから」
 カカシはイルカの手を握りしめ、約束をすると、名残惜しみながらもその場を後にした。
 そんな二人の様子を、一匹の蛇がじっと眺めていたことにも気が付かないまま。


 城に戻ったカカシは、綱手に謁見を求めると、イルカと出会ったことを話して聞かせた。
「イルカが生きていただと。そんな話信じられるわけないだろ?しかもオロチマルが生きてるなんて、忌まわしい事言わないでおくれ」
「でも綱手様。本当のことなんです!俺は確かにイルカさんに会いました!俺は彼を伴侶にしたい。だから明日の誕生会では誰も伴侶には選ぶつもりはありません!」
 この言葉に女王は驚いて、酷く落胆した。
「何を言っているんだカカシ。世迷い言を言わないでくれ」
 綱手は頭を抱えると、気分が悪くなったと言って侍女のシズネを呼び出し、その場を後にした。
 女王の間に一人取り残されたカカシは、窓の外に広がる曇天の夜空を見つめながら、イルカの姿を思い浮かべていた。


 翌日の夜行われたカカシの誕生祝いには、近隣諸国の姫君たちをはじめ、木の葉の貴族や町民たちも集まり、盛大な宴となった。
 きらびやかな大広間を開放しての宴は盛り上がりを見せ、次代の王を祝う声があちらこちらから聞こえる。
 カカシはそんな祝いの言葉に形だけの笑顔を浮かべて応えていたが、色とりどりに飾り立てた美しい姫君たちの姿を見ても、心動かされることはなく、ぼんやりと窓の外を見ていた。
 イルカさん……
 心に浮かぶのは愛しい人のことばかりで。
 今すぐにでもこの宴を抜け出して、イルカの元へ会いに行きたい。
 はやる気持ちだけが、ジリジリと胸を焦がしていた。
 その時だった。
 カブトと名乗る貴族が、その子息を従えて誕生会に現れたのは。
 初めは誰もしならない貴族の名に周囲は驚いていたが、カブトの連れてきた踊り手たちの優雅で美しい舞を見ているうちに誰もが魅了されて、訝しむ者はいなくなった。

 カカシはカブトの息子だという青年の姿に、驚きの声を上げた。
「イルカさんっ」
 そこにいたのはイルカだった。
 イルカはカカシに会いに来てくれたのだ!
 城には来ることが出来ないと言っていたイルカの姿に、カカシは我を忘れて玉座から立ち上がり、彼の元へ駆けだした。
「イルカ!イルカさん、会いたかった!来てくれたんだ~ね!」
「カカシさん。俺の名前はルカです。俺も貴方に会いたかった」
「ルカ」
 ルカと名乗った青年には鼻筋を横切る傷跡がなかった。一瞬カカシは怪訝に思ったが、すぐにそんな不安も吹き飛んだ。
 イルカを手に入れられる喜びに、カカシの心は舞い上がっていたのだ。
 その時王城の窓の外では、一羽の白鳥が羽を何度もばたつかせて、じっと中の様子を伺っていた。
 カカシは白鳥の姿に気が付くこともなく、目の前の青年に心奪われていた。
「ルカ。貴方こそ俺の伴侶に相応しい。今ここで貴方に永遠の愛を誓います。俺の伴侶になってくれますね?」
 カカシはルカの前で跪くとその右手を恭しく握り、口づけを落とした。
 その瞬間、ルカは高笑いを上げ、驚くカカシの目の前で、異形の男の顔に姿を変えた。
「お前はっ!!」
「あ~ら、残念ね!カカシ君!貴方は私に愛を誓ったのよ?」
 カカシの前にいたのはイルカではなく、恐ろしい魔法使い。オロチマルだった。
「なぜ、お前が……」
「これでもうイルカにかけられた呪いは解くことが出来なくなったわ!」
 オーホッホッホッホッ!!
 高笑いを浮かべながらオロチマルは大蛇に姿を変えると、驚き悲鳴を上げる人々の中をかいくぐり、カブトと一緒に姿を消した。
 カカシの元へ駆け寄ってきた綱手は、酷く憔悴した顔を浮かべて、口を開いた。
「なんてことだ。オロチマルが生きていたなんて。信じられないよ。その上お前がオロチマルに愛を誓ってしまうなんて……」
 綱手はその場でがっくりと倒れ込んだ。
 その姿を侍女のシズネが慌てて支えると、女王を奥の間へ連れて行った。
 混乱を極める大広間を駆けだし、カカシは馬に乗ると、イルカの元へ馬を走らせた。

「イルカさん!イルカさん!」
 カカシはあの湖の廃屋でイルカの名を呼んだ。
 間もなく上空から羽音が聞こえてきて、カカシが空を見上げると、一匹の白鳥が舞い降りてきた。
 白鳥は淡い光と共にイルカの姿に変化した。
「イルカさん!俺は……貴方に謝らなくてはならない」
 カカシの言葉にイルカは静かに頷いて。
「知っています。貴方がオロチマルに愛を誓ってしまったことを」
「何故?それを知っているんですか?」
「お城の窓の外から、白鳥の姿で見ていましたから」
 イルカは城へは行けないと答えたものの、カカシを案じる余り白鳥の姿で城へと来ていたのだった。
「イルカさん、許して下さい!」
「もういいのです。俺は貴方が伴侶にしたいと言ってくれた、その言葉だけで嬉しかった」
「イルカさん……」
 カカシがイルカを抱きしめると、イルカもまた涙を浮かべて、カカシの背に腕を回した。
 この時間がこのまま永遠に続けばいい。
 抱き合っていると、全てを忘れることが出来るようで、離れがたく、二人はいつまでもいつまでもそうして互いの温もりを感じ続けていた。
 だがそんな幸せな時間も長くは続かなかった。
 そこへ高笑いを浮かべたあのオロチマルが、音もなく現れたのだ。
「カカシ君。もうあなたたちは終わりね!二人共我が身を呪うといいわ!」
 オロチマルは大蛇に姿を変え、身体をのたうつと、星空は急に厚い雲に覆われて、どこからともなく強い風が吹き始めた。
 荒れ狂う天候は、湖に大波を引き起こし、二人は打ち寄せる波に呑まれていく。
 湖の中央付近まで引きずり込まれた二人は、必死に波に抗い続けた。
 白鳥へと姿を変えたイルカが大きく羽ばたきながら、空に舞い、波に呑まれるカカシを励まし続ける。
「カカシさん!カカシさんどうか!どうか!岸まで泳ぎ着いて下さい!」
「イルカさん!イルカ!!こんな所で死んでたまるか!」
 カカシは必死に波にさからい泳ぎ続ける。
 打ち寄せる波に何度も何度もカカシは飲まれながらも、泳ぎ続ける。
 二人の愛の力は、闇に落ち悪魔に魂を売り渡したオロチマルを、苦しめた。
「おのれ!私に逆らおうって言うの?許せない!木の葉も!ヒルゼンも!カカシとイルカも!」
 カカシとイルカの互いを思いやる気持ちは、確実にオロチマルの身体を蝕んでいき、その底知れなかった魔力も次第に弱り切ってきて、ようやくカカシは岸辺にたどり着くと、オロチマルの元へ駆けだし、その腕に持っていた短刀を巨大な蛇の身体に突き立てた。
「グアァァァァ!」
 オロチマルはこの世のものとは思えない断末魔の叫びを上げると、小さな蛇に姿を変えた。
 その蛇をカカシは切り捨てる。
 蛇は黒い煙を上げて消え失せた。
 オロチマルが死んで間もなく、荒れ狂っていた湖面は静けさを取り戻し、気が付くと東の空に太陽が覗きはじめていた。
 差し込める朝の光を受けても、もうイルカは白鳥の姿に戻ることはなかった。
「イルカさん、呪いが解けたんですね」
 嬉しさに微笑むカカシに、イルカもまた笑顔を浮かべて口を開いた。
「ありがとうございます。カカシさんのおかげです」
 カカシはイルカの前に恭しく跪くと、その右手を取り、口付けた。
「今ここで貴方に永遠の愛を誓います。俺の伴侶になって下さい」
 イルカは頬を染めて頷いた。
 カカシはイルカをそっと抱き寄せると、イルカの黒曜石の輝きを放つ瞳を見つめながら、熱い口づけをかわした。
 チュッと甘い音を立てて離れた唇を、再びカカシは熱い吐息を漏らしながら、捕まえる。
 何度も何度も角度を変えて繰り返す口づけに、イルカは立っていることも出来なくなったのか、カカシの身体に縋り付いてきた。
「イルカさん、今すぐ貴方が欲しい……」
 艶を含んだカカシの言葉に、イルカは貝殻のような耳まで赤く染めて、小さく頷く。
 カカシはその場にイルカを押し倒すと、その首筋に柔らかく噛み付いた。

 朝日の中で露わになったイルカの肢体は、カカシが想像していたよりもずっと細身で、美しかった。
 木の葉の王であったヒルゼンの血縁の者である証拠に、イルカはカカシの下でどんなに乱れても、高潔さを失わなかった。
「綺麗だ……あぁ、イルカ。貴方は美しい」
 カカシの口から紡ぎ出される愛の言葉に、イルカは敏感に反応して、その赤く色付いた胸の果実は熟れ、しとどに塗れた雄の象徴もまた、歓喜に打ち震えていた。
 カカシはそんな愛しい身体を慈しみ、体中にバラの花弁を散らせて、イルカを所有する喜びに酔いしれた。
 一つ一つ、カカシからの所有印が増える度に、頑なな処女は姿を変え、初めて男を受け入れる喜びに目覚めていく。
 イルカの可愛らしい変化に、ほくそ笑みながら、カカシはイルカの秘所に指を這わすと、何度も何度も抜き差しを繰り返し、これから行われることを身体で覚えさせていった。
 カカシの股間で息づくはしたない獣は、よだれを零しながら獲物に狙いを定める。
「貴方の全てを下さい」
イルカの耳元で歌うように囁くと、カカシの愛しい人は小さく頷いて、恥ずかしそうに頬を染めながらも、自ら大きく足を広げてカカシを受け入れた。
「はっ……あぁぁんっ」
 キュウキュウと吸い付くように閉まる窄まりに、カカシの剛直がねじ込まれる。
 腹の中に愛しい男を迎える喜びと、身体を蝕む痛みに、イルカが甘い声を上げて、涙を零した。
「痛い?我慢出来る?」
 カカシの問いかけに、イルカは健気に頷いて、そんな姿もまたカカシの欲を誘って、イルカの腹の中で愚息が成長する。
「あっ……ああぁぁんっ!許してっ!もう許してぇ!」
 大きく揺さぶるカカシに、イルカは許しを請うたが、言葉とは裏腹にその身体は喜びの声を上げていた。
 接合部から聞こえるはしたない水音にすら感じ入って、頬を染め、泣き叫ぶイルカの頬にカカシは口付けると、流れ落ちる涙を舐め取った。
 二人の歓喜の儀式は、太陽が高く登りつめるまで続き、カカシが我に返るとイルカはカカシの下で気を飛ばしていた。
 イルカの愛らしいつぼみからは、破瓜の印である赤い色と、カカシの犯した証である白濁が流れ落ち、彼の臀部を伝わり地に滴り落ちていた。
「イルカさん!あぁ、この人はもう永遠に俺のものだ!」
 カカシの喜びは体中を駆け巡り、高い叫びとなって、静かな湖畔に響き渡った。

 カカシはイルカを綺麗に清めた後、馬に乗せ城へと連れ帰った。
 城から姿を消したカカシが戻って来たことに綱手は大いに喜んだ。
 オロチマルを倒したこと、そしてイルカを呪いから解き放ち、伴侶として迎えたことをカカシが伝えると、綱手は涙を流しながらこう口にした。
「あぁ、カカシ。お前にもついに守る人が出来たんだね。それがお前の心の軸となり、木の葉を導くことになるだろう」
 綱手は自らの王冠を外し、カカシに譲り渡すと、そっと玉座から降りた。

 この後カカシは木の葉の王となり、イルカと共に長きにわたって国を守り続けた。
 ある年のクリスマス、隣国の孤児院に捨てられていたカカシの師であるのミナトの忘れ形見を、イルカが探し当てると、二人は引き取りナルトと名付けた。
 カカシとイルカが愛を込め育てた大切な息子が、二人の後を継ぐのは、まだずっと先の未来の話だった。

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